
圧倒的なダンススキルとビジュアルで世界中のファンを魅了している&TEAM(エンティーム)のKさんですが、実は学生時代、将来を嘱望されたマラソンランナーでした。
Kさんのルーツを探ると、厳しいスポーツの世界で培われた精神力が、現在のアイドル活動の土台になっていることがよくわかります。
今回は、Kさんの出身高校や中学校などの学歴情報に加え、陸上選手時代の輝かしい実績や、大学推薦を辞退してまで追いかけた夢への軌跡を詳しくご紹介します。
- Kさんの出身高校が流通経済大学付属柏高校である理由と当時の偏差値
- 青山学院大学の原晋監督もスカウトを検討したという陸上選手としての実力
- 出身中学校である江戸川区立二之江中学校でのエピソード
- 大学進学を辞退してダンスの道へ進んだ決断の背景
&TEAM Kの学歴|出身高校は流通経済大学付属柏高校

(引用:スマート公式サイト)
&TEAMのK(古賀 祐大(こが ゆうだい))さんの出身高校は、千葉県柏市にある流通経済大学付属柏高校です。
この高校はスポーツの強豪校として全国的に知られており、特にラグビー部やサッカー部は全国大会の常連です。
Kさんはこの名門校に陸上競技のスポーツ推薦で入学しており、まさにスポーツエリートとしての道を歩んでいました。
スポーツ推薦で入学した陸上の強豪校
流通経済大学付属柏高校は、普通科の中に「特別進学コース」「総合進学コース」「スポーツ進学コース」の3つのコースを設置しています。
Kさんが在籍していたコースは公表されていませんが、陸上競技に打ち込むためにスポーツ推薦で入学していることから、スポーツ進学コースに在籍していた可能性が極めて高いでしょう。
この高校のスポーツ進学コースは、学業と部活動の両立を重視しており、多くの生徒がプロアスリートや大学スポーツ界での活躍を目指しています。
Kさんもその一人として、ハイレベルな環境に身を置き、日々厳しい練習に励んでいました。
高校時代は自ら希望して寮生活を送っていたことからも、その本気度がうかがえます。
当時の寮生活は非常に過酷で、20人が一部屋で寝起きし、掃除や洗濯、料理などの家事もすべて自分たちで行わなければなりませんでした。
しかし、Kさんはインタビューで
「厳しくてつらい環境で一つのことだけに集中したくて、わざと宿舎に入った」
と語っており、逆境を楽しむような強さを持っていたことがわかります。
高校時代の偏差値と部活動の実績
流通経済大学付属柏高校の偏差値は、コースによって異なりますが、およそ48から64の範囲です。
スポーツ進学コースの偏差値は48程度とされていますが、このコースの生徒たちは学力以上に、各種競技における卓越した才能を持っています。
Kさんの陸上選手としての実績は凄まじく、高校時代には5000メートル走で14分台という素晴らしいタイムを記録していました。
これは当時の関東地区で1位になるほどの実力であり、将来のオリンピック選手候補と言っても過言ではないレベルです。
特に高校3年生の時に出場した「男鹿駅伝」では見事に優勝を果たしており、チームの主力選手として大きく貢献しました。
長距離ランナーとしての才能は疑いようがなく、周囲も彼が大学駅伝のスター選手になることを確信していたはずです。
青山学院大学の原監督も注目した実力
Kさんの陸上の才能は、大学駅伝界の名将たちの目にも留まっていました。
箱根駅伝で数々の優勝を成し遂げている青山学院大学の原晋監督も、高校時代のKさんに注目していた一人です。
原監督はメディアの取材に対し、当時のKさんについて、

「スカウトしたかった選手」



「フォームが非常に綺麗」
と絶賛しています。
実際に、後に青山学院大学に進学し、箱根駅伝で活躍した鈴木塁人選手は、Kさんの陸上部時代の同期でした。
もしKさんがそのまま陸上を続けていれば、箱根駅伝の舞台で「山の神」のような活躍を見せていたかもしれません。
それほどまでに、高校時代のKさんはアスリートとして完成された存在だったのです。
&TEAM Kの学歴|出身中学校は江戸川区立二之江中学校


Kさんの出身中学校は、東京都江戸川区にある江戸川区立二之江中学校です。
中学校は高校のように偏差値という概念はありませんが、地元でも部活動が盛んな公立中学校として知られています。
Kさんは東京都江戸川区の出身であり、地元の公立校で青春時代を過ごしました。
地元江戸川区での中学時代
江戸川区立二之江中学校は、これまでにタレントやYouTuberとして活躍する中町綾さんや中町JPさんなどの有名人を輩出しています。
Kさんは中学時代から目立つ存在だったようで、当時からスポーツ万能な生徒として知られていました。
子供の頃からバレエや日本舞踊を習っていた経験もあり、体の使い方が上手く、どんなスポーツをさせても高いレベルでこなせたといいます。
特に球技ではサッカーや卓球が得意だったそうですが、最終的に彼が選んだのは、自分との戦いである陸上競技でした。
中学時代から頭角を現した長距離走
中学時代のKさんは陸上部に所属し、すでに長距離走を専門としていました。
中学時代の陸上大会の記録には、Kさんの本名である「古賀祐大」の名前が残っており、この中学校の出身であることが裏付けられています。
当時から持久力には絶対の自信を持っており、区の大会などでも上位に入賞する常連でした。
小学生の頃には水泳も習っており、選手育成コースに入るほどの実力でしたが、走ることへの情熱が勝り、陸上一筋の道を選んだそうです。
中学時代に培った基礎体力と心肺機能が、後の高校時代の大活躍、そして現在の激しいダンスパフォーマンスを支える土台となっていることは間違いありません。
&TEAM Kの学歴|大学には進学せずダンスの道へ


(引用:オリコンニュース)
高校卒業後、Kさんは大学には進学していません。
しかし、それは「大学に行けなかった」のではなく、「行かなかった」という表現が正確です。
彼には陸上の強豪大学への推薦入学が決まっていましたが、それを蹴ってまで選んだのがダンスの道でした。
大学推薦辞退の決断と理由
高校時代、Kさんはすでに駅伝の強豪大学への推薦が決まっていました。
大学名は公表されていませんが、箱根駅伝の常連校であることは間違いなく、周囲も両親も彼が大学で走る姿を夢見ていました。
しかし、高校時代の終わり頃、Kさんの心の中で大きな変化が起きます。
きっかけは、ブルーノ・マーズのスーパーボウルでのハーフタイムショーを見たことでした。
圧倒的なパフォーマンスとエンターテイメントに衝撃を受けたKさんは、「自分もこうなりたい」「ダンスで人を感動させたい」と強く思うようになったのです。
すでに決まっていた大学推薦を辞退し、陸上を辞めると告げた時、両親は泣き、陸上部の監督は激怒したといいます。
長年積み上げてきた努力と将来の約束されたレールを捨てることは、並大抵の覚悟ではできません。
それでもKさんは「自分の心が震える方へ進みたい」という直感を信じ、すべてを捨ててゼロからのスタートを切ることを決断しました。
留学からHYBE練習生への道のり
陸上引退後、Kさんはダンススキルを磨くためにEXPG東京校に通い始めました。
持ち前の運動神経とストイックさでメキメキと上達し、特待生として認められるまでになりましたが、彼の視線はすでに世界に向いていました。
20歳の時に単身でアメリカ・ロサンゼルスへダンス留学を敢行します。
現地の有名スタジオ「MOVEMENT LIFESTYLE」でレッスンを受け、本場のダンスに触れる中で、さらに大きな衝撃を受けます。
その後、BTS(防弾少年団)のパフォーマンスに感銘を受け、HYBE(当時はBig Hit Entertainment)のオーディションを受けることを決意。
アメリカ留学を中断して韓国へ渡り、過酷な練習生生活をスタートさせました。
この行動力と決断の速さこそが、Kさんが世界で活躍するアーティストになれた最大の要因かもしれません。
&TEAM Kの学生時代のエピソードと現在の活躍
陸上選手としての過去と、ダンスへの情熱的な転身。
Kさんの経歴は、単なるアイドルのプロフィールを超えた、一人の人間としてのドラマに満ちています。
寮生活で培った人間力
高校時代の寮生活は、Kさんの人間形成に大きな影響を与えています。
20人部屋での共同生活では、プライベートな空間はほとんどなく、常に周囲に気を配る必要がありました。
また、上下関係の厳しい体育会系の環境で過ごしたことで、礼儀作法や精神的なタフさが養われました。
Kさんはインタビューで
「団体行動が多かったため、全体を見る習慣や客観的に自分を見る習慣がついた」
と語っています。
現在、&TEAMの最年長メンバーとしてグループをまとめ、リーダーシップを発揮している姿は、この高校時代の経験があったからこそでしょう。
また、寮生活で料理をせざるを得ない状況だったため、現在でも料理が得意という家庭的な一面も持っています。
オールスター感謝祭や紅白初出場で見せる飛躍
デビュー後、Kさんはその身体能力を生かして多方面で活躍しています。
特にTBS系の特番『オールスター感謝祭』の「赤坂5丁目ミニマラソン」では、元陸上選手としての実力を遺憾なく発揮し、2023年秋の大会で初優勝、2025年春にも好成績を残すなど、視聴者に強烈なインパクトを与えました。
走っている時のフォームの美しさや、ゴール後の爽やかな表情は「体はアスリート、顔はアイドル」と称賛され、新たなファン層の獲得につながっています。
そして2025年には、&TEAMとして韓国での1stミニアルバム「Back to Life」をリリースし、年末には『第76回NHK紅白歌合戦』への初出場も決定しました。
陸上選手としての夢を諦め、ダンスという新たな夢を選んでから数年。
かつて両親を泣かせ、監督を怒らせてまで選んだ道が間違いではなかったことを、Kさんは自らの活躍で見事に証明してみせました。
最後に、&TEAM Kさんの学歴と経歴についてのポイントをまとめます。
- 出身高校は千葉県の流通経済大学付属柏高校
- 高校へは陸上競技のスポーツ推薦で入学した
- 高校時代は5000mを14分台で走る関東トップクラスの選手だった
- 出身中学校は東京都の江戸川区立二之江中学校
- 中学時代から長距離走を専門とし、区大会などで活躍していた
- 高校卒業後は大学へ進学せず、ダンスの道を選んだ
- 箱根駅伝常連校への推薦が決まっていたが辞退した
- 陸上を辞める際、両親や監督からは猛反対された
- アメリカへのダンス留学を経て、HYBEの練習生となった
- 2025年には紅白歌合戦初出場を果たし、アーティストとしての夢を叶えている



今後のご活躍を期待します。















